広く、深く

ようやく読み終えました。と、言ってもこれだけの内容の本を1回で完全に自分のものに出来るわけもなく、また何度も読み返すことになると思います。
この本はタイトルのとおり、ディジタル信号処理を無線システムに応用するための技術を書いた本ですが、その内容の広さと充実具合には舌を巻かずにはいられません。Z変換あたりの基本から入ってくるのはいわゆる信号処理本としては定石と言えますが、その後サンプリング定理、ADコンバーター、フィルター、FFT、デシメーター、インターポレーター、誤り訂正を一通り説明した後、驚くのは平方根三角関数などの実装方法まで書いてあることです。一般のデジタル変調本では、変復調方式について概観するのみですし、信号処理本についても、フィルターやFFTで手一杯という本はたくさんあります。確かに、一部の超越関数はデジタル無線技術に欠くべからざる技術ですが、それらが信号処理本や変復調本で触れられていないことには理由があります。
著者の手が回らないのです。
実装まで書くには、それについて深い知識、むしろ経験が必要になります。しかし、一人の人間が身につけることのできる範囲は知れています。だからこそ、トリケップスあたりが出版する旬の本は十数人の執筆者が並び、数万円の値段が付いているのです。
3000円足らずのこの本は、信号処理の基礎から始まって、ADC/DAC、変調回路、ディジタル無線通信に固有の回路、フィルタ、などなど、広い範囲*1にわたって一定の深さ*2まで掘り下げています。その上、著者が作った設計ツールまで付いてきます。これからデジタル通信について学びたい人にとっては必読の一冊といえるでしょう。
著者の西村氏は、トランジスタ技術誌に基板のアートワークの記事を書いたかと思うと、デザイン・ウェーブ誌にFM受信機コンテストのためのヒントを書くなど、大変守備範囲が広く深い方です。この一冊で、あらためてその底知れぬ力を見せ付けられた思いです。
一つだけ贅沢を言えば、ところどころもう少し丁寧に書かれていればと感じました。読んでいて「ん?」と突っかかるところが数箇所ありました。もっとも、研究者であれば数式を書いて済ませるところを平易に、繰り返し説明してくれる本ですから、すでに300ページを超えていることを考えれば、これ以上丁寧な記述を望むなどバチがあたるかもしれません。
Rebun開発中のこの時期にこの本を読むことが出来たのは実にラッキーでした。無線に興味のない方にもお勧めします。

*1:正弦波の生成だけで3種類

*2:ウェーバー方式を複素信号処理で説明している